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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1630号 判決

控訴人 大野忠雄

右訴訟代理人弁護士 鎗田健剛

被控訴人 大正海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 平田秋夫

右訴訟代理人弁護士 大塚喜一

同 渡辺真次

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、金一〇二万八、五八一円およびうち金三〇万円に対する昭和四三年三月一四日以降、うち金六二万八、五八一円に対する昭和四四年一月七日以降の右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一宛をそれぞれ控訴人および被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人において担保として金三〇万円を供託するときは仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二〇〇万八、五八一円およびうち金一八二万八、五八一円に対する昭和四三年三月一四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、左のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

一、1 原判決二枚目表三行目「一、」の次に「(保険契約の締結およびその内容)」を加える。

2 原判決二枚目表五行目「保険証券記載の被保険者を右眞行寺とし、」の次に、「保険金額を一、〇〇〇万円、」を加える。

3 原判決二枚目表八行目「被告の定めた」を削除する。

4 原判決二枚目裏一一行目「二、訴外長谷川喜嗣は昭和四三年三月一三日午後八時一〇分」とあるを左のとおり訂正する。

「二、(保険事故の発生)

(一)  訴外長谷川喜嗣は昭和四三年三月一三日午後八時一〇分」

5 原判決三枚目表五行目「三、昭和四六年五月一四日」以下同九行目「右判決はまもなく確定した。」まで全部を左のとおり訂正する。

「(二) 右眞行寺は本件自動車を所有し、訴外山場一夫は右眞行寺の弟であって、同女の承諾を得て本件自動車を管理使用し、右両名はいずれも本件自動車の運行を支配し、それぞれ自己のために運行の用に供していたところ、右山場は右眞行寺の承諾を得たうえ、事故当日の昭和四三年三月一三日正午ごろ、右長谷川に対して一時使用のため本件自動車の使用を許諾していたものである。

(三)  昭和四六年五月一四日千葉地方裁判所昭和四六年(ワ)第一三号損害賠償請求事件において、右眞行寺、訴外山場一夫及び訴外長谷川喜嗣は各自控訴人に対し、本件事故に基づき控訴人の蒙った次項掲記の損害についての賠償責任の負担を命じられ、右判決は確定した。

(四)  右眞行寺は前記のとおり記名被保険者であり、右山場は同居の親族でかつ記名被保険者である右眞行寺の承諾を得て本件自動車を使用中の者に、右長谷川は右眞行寺の承諾を得て自動車を使用中の者(許諾運転者)にそれぞれ該当し、いずれも被保険者である。」

6 原判決三枚目表十行目「四、(損害)」を「三、(損害)」と訂正する。

7 原判決四枚目裏八行目「右(一)ないし(四)」を「右(一)ないし(三)」と訂正する。

8 原判決四枚目裏一一行目「五、右眞行寺は」から同五枚目裏五行目「年五分の割合による金員の支払を求める。」まで全部を左のとおり訂正する。

「四、右眞行寺、右山場及び右長谷川はいずれも無資力であり、控訴人に対する前記損害賠償責任を履行し得ない状態にあるので、控訴人は右眞行寺、右山場及び右長谷川に対する損害賠償請求権に基づき、被保険者たる右眞行寺、右山場及び右長谷川の被控訴人に対する保険金請求権を代位行使し、被控訴人に対し保険金二〇〇万八、五八一円およびうち金一八二万八、五八一円に対する昭和四三年三月一四日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。」

9 原判決五枚目裏八行目「二、同第二項の事実は認める。」から同七枚目裏一行目「七、同第七項の事実は否認する。」まで全部を左のとおり訂正する。

「二、同第二項(一)の事実は認める。

同第二項(二)の事実中、山場が眞行寺の弟であることは認めるが、その余の事実は否認する。

同第二項(三)の事実は認める、但し、眞行寺ほか二名全員欠席の欠席判決であり、いわゆるなれあい訴訟である。

同第二項(四)の事実中、真行寺が記名被保険者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

同第三項の事実中、控訴人がその期間菅沼外科に通院治療を受けたこと、控訴人が追突事故にあったこと、および訴外小湊鉄道株式会社に勤務することは認めるが、その余の事実は否認する。控訴人はその主張にかかるほどの傷害を受けていず、不当な請求である。

同第四項の事実は否認する。訴外眞行寺、同長谷川はいずれも資力を有しており、本件代位請求の要件を充足しない。」

10 原判決九枚目裏一行目「甲第一ないし第一八号証」の次に「(ただし、甲第五ないし第七号証、甲第九ないし第一三号証は写)」を加える。

二、(当審におけるあらたな証拠)≪省略≫

理由

一、訴外眞行寺美千代と被控訴人間に、控訴人主張のごとき内容を有する自動車対人賠償責任保険契約が締結せられたこと、および、控訴人主張(請求原因二の(一))の本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

二、右争いのない事実によれば、本件事故は訴外長谷川の使用運転にかかる本件自動車により惹起されたものであり、右長谷川が控訴人に対し、本件事故により発生した控訴人の損害について不法行為による損害賠償義務を有することは明らかである。

三、訴外眞行寺美千代が本件自動車対人賠償責任保険契約の記名被保険者であることは当事者間に争いがないところ、控訴人は、右長谷川は自動車保険普通保険約款第二章賠償責任条項第一条第三項にいう「記名被保険者の承諾を得て自動車を使用中の者」に該当する旨主張するので、この点について判断するに、≪証拠省略≫によると、本件自動車は山場が訴外千葉トヨペット株式会社から購入するに際し、同社販売係員に勧められるままに、同居中の姉である眞行寺名儀で購入し、購入代金も山場が支払い、同人はもっぱら通勤用に使用していたものであるが、他方、眞行寺は、本件自動車を同人名儀で購入し、かつ、本件自動車対人賠償責任保険に同人名儀で加入することについての了承を山場に与えるとともに、山場が同人の友人知人に本件自動車を使用させることを含め、一切の管理を包括的に山場に一任していたこと、また、山場は本件事故当日、幼な友達として親しい長谷川の一時使用の申込を承諾し、同人に本件自動車を当日の夜までの約束で一時貸与したことがそれぞれ認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実よりすれば、山場が友人長谷川に本件自動車の使用を承諾したことを以て、眞行寺の長谷川に対する承諾と解せられ、右認定を左右するに足る事実の立証はない。しからば、長谷川は、自動車保険普通保険約款第二章賠償責任条項第一条第三項にいう「記名被保険者の承諾を得て自動車を使用中の者」に該当し、本件保険契約の被保険者にあたるとする控訴人の主張は理由がある。

四、損害について

1  逸失利益金六二万八、五八一円

≪証拠省略≫を綜合すると、控訴人はハイヤー運転手として千葉市塩田町八一〇番地、小湊鉄道株式会社出洲港営業所に勤務し、本件事故前三ヵ月間の平均給与は金五万一、四〇〇円の純収入を得ていたこと、および本件事故による頸部挫傷の傷害のため、菅沼外科医院および米山外科に入院あるいは通院治療し、そのため右治療期間たる昭和四三年三月二一日から昭和四四年一月七日までの九・五ヵ月間休業し、合計金四八万八、三〇〇円の得べかりし給与利益を失い、これと同額の損害を蒙るとともに、合計金一四万〇、二八一円の得べかりし賞与利益を失い、これと同額の損害を蒙ったことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

2  慰藉料金三〇万円

前顕各証拠によれば、控訴人は、本件事故による受傷のため、前認定のとおり入院・通院を余儀なくされたが、現在では完全に治癒し後遺症も存在しないことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定の事情その他諸般の事情を考慮して、控訴人の受傷による慰藉料は金三〇万円をもって相当とする。

3  弁護士費用金一〇万円

≪証拠省略≫を綜合すると、控訴人は弁護士鎗田健剛に対し、被告を眞行寺、山場、長谷川および被控訴人とする本件事故についての損害賠償請求訴訟を委任し、少なくとも弁護士報酬規定の最低基準のとおり報酬を支払うことを約束したことが推認せられ、一般に不法行為の被害者が訴訟提起に要した弁護士費用は相当額にかぎり不法行為と相当因果関係に立つ損害と解すべきところ、右訴訟事件の難易、認容額その他諸般の事情を斟酌して金一〇万円をもって賠償させるべき弁護士費用と認めるのが相当である。

4  遅延損害金

金六二万八、五八一円(1の損害)に対しては右損害額全額の発生した昭和四四年一月七日以降、金三〇万円(2の損害)に対しては右損害発生の日の翌日である昭和四三年三月一四日以降各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、その余の請求にかゝる遅延損害金の支払義務はこれを認める根拠はない(3の損害については控訴人は遅延損害金を請求していない)。

五、被控訴人は、訴外眞行寺が自動車保険普通保険約款第三章一般条項第一一条第一項八号所定の被控訴人に対する通知義務を履行しないので、本件事故による損害の填補責任は免れる旨抗争するので、この点について判断するに、≪証拠省略≫によれば、自動車保険普通保険約款第三章一般条項第一一条第一項八号には、「損害賠償責任に関する訴訟を提起しまたは提起されたときは、直ちに当会社に通知すること」と規定し、同条第二項には「正当な理由なくして前項各号の規定に違反したときは、当会社は、……第八号の場合は損害をてん補する責に任ぜず、」と規定され、また、≪証拠省略≫によれば、眞行寺は被控訴人に対し訴訟を提起された旨の通知をしなかったことが認められるが、他方≪証拠省略≫によれば、控訴人は本件事故による損害賠償請求訴訟を昭和四六年一月一二日付訴状を以て千葉地方裁判所に提起し、その被告として眞行寺外二名と共に被控訴人をも共同被告としており、被控訴人もこれに対して応訴したことが認められ、被控訴人としては控訴人から右訴訟提起があった旨の眞行寺からの通知を俟つまでもなく、右事実を知悉して居り、したがって、眞行寺又は長谷川が前記告知をしなかっても、前記条項を適用することは相当でない。被控訴人の本主張は理由がない。

六、また、被控訴人は、訴外眞行寺が自動車保険普通保険約款第三章一般条項第一一条第一項第七号に違反し、被控訴人の承諾を得ないで控訴人の損害賠償請求金額を裁判所において自白により承認したものであるから、本件事故による損害の填補は、被控訴人が相当と認めた範囲内に限定さるべきところ、結局、本件事故においては被控訴人が填補すべき部分は存しない旨抗争するので、この点について判断する。右条項は、保険者の了解なしに被保険者が不当な損害賠償額を承認し、保険者が右不当な保険金の支払を強いられることを防止する趣旨を有するものと解せられるところ、眞行寺のみならず山場もまた控訴人の損害賠償請求金額を裁判所において自白し承認したことは≪証拠省略≫により認められるが、本訴においては保険者である被控訴人が訴訟当事者として関与の上、損害賠償額について裁判手続により確定されるものであるから、右条項の適用はなく、被控訴人の右主張は理由がない。

七、≪証拠省略≫によれば、長谷川は土地、家屋は勿論、銀行預金その他の財産も有せず、無資力であると認められるから、民法四二三条の債権者代位の要件を具備するものと認められる。

八、以上の次第で、訴外長谷川喜嗣は、本件事故により生じた控訴人の前記損害を賠償する責任があり、被控訴人は、本件保険契約上の被保険者である右長谷川に対し、同人が右損害賠償責任を負うことによって受ける損害を填補する責任があるところ、同人の債権者たる控訴人が民法第四二三条により右保険金請求権を代位行使するというのであるから、控訴人に対し保険金額の範囲内で右損害額相当の保険金を支払う義務がある。なお控訴人は眞行寺および山場の被控訴人に対する保険金支払請求権について代位行使の主張をしているが、本件全資料によるも右両名について保険金支払請求権があると認めるに十分でない。

九、以上の理由により、被控訴人は、控訴人に対し、金一〇二万八、五八一円およびうち金六二万八、五八一円に対しては昭和四四年一月七日以降、金三〇万円に対しては昭和四三年三月一四日以降各完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、控訴人の本訴請求は、右の範囲内で正当であるから、民事訴訟法三八六条、三八四条に則り、原判決を取り消して右の限度でこれを認容し、その余の請求部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野宏 裁判官 日野原昌 布井要太郎)

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